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| 昭和12年7月 板前であった祖父・伏脇松太郎が、氷見市朝 |
| 日町の永芳公園ふもとにて、料理旅館として個人創業したの |
| が始まりです。 |
| 旅館の名前は、広く市民から公募で募り、その中から「永芳 |
| 閣」が選ばれた、と聞いております。 |
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| 昭和31年5月 2代目伏脇毅が氷見に戻り結婚。.これを機に |
| 永芳閣は有限会社となり、国際観光旅館連盟に加盟しました。 |
| 高度成長期に突入したこともあり、別館・新館・・・と増改 |
| 築が続きました。夢の千人風呂と呼ばれる当時北陸一の規模 |
| の大浴場完成。女将は、子どもの頃、よくこの風呂で泳ぎま |
| くって遊びました。当時のお客様ゴメンナサイ |
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| 昭和40年ごろ ..氷見の町は、夏のマグロ漁と冬の寒鰤漁で |
| 沸きました。魚市場のセリ風景の大鮪の後ろに、女将と3代 |
| 目が写っています。 |
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| 昭45年12月 .レジャー施設のある宿に観光の形態がドンド |
| ン動いた時代でした。町中のゆったりした料理宿から、ボウ |
| リング場新築、玄関棟、レストラン・ショーラウンジを新築。 |
| 中山律子さんたちが来て、ボウリング大会を開催しり、夜毎 |
| 繰り広げられる金粉ショーや民謡ショーなど、イベント盛り |
| だくさんの永芳閣でした。 |
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| 昭和53年10月 街中の庭を眺める旅館から、広大な海を見 |
| 下ろす旅館への第一歩。 |
| ゆるりと海をみつめる時間を大切にしていただこうと、氷見 |
| 市阿尾海岸に移転しました。 |
| 眼下に富山湾を眺める山の中腹で、海越しの立山連峰が眺め |
| られる眺望が人気となりました。 |
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| 平成元年4月 温泉を掘りました。無事に湯が湧き.「氷見阿 |
| 尾の浦温泉」と命名。 |
| 露天風呂を増築し、その露天風呂は、「石川インテリアデザ |
| イン賞」をいただきました。 |
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| 平成5年6月 全室スイートの新館、旅館天遊を増築。 |
| ゆったりと贅沢に、氷見の最上級を知っていただく宿として |
| 本日も努めさせていただいております。 |
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